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ぶら久子~横浜を学ぶ①

あおぞら

すくすく学びのイベントぶら久子パート2
久子さんと歩いて学ぶブラタモリ的な大好きな企画

お天気が良くて暖かい
ちょっと風が吹いているのでイチョウが舞ってキレイ
で、銀杏のニオイもいたるところでかぐわしい・・・・

開港資料館

横浜開港資料館
中には入らずにお勉強(笑)
有料なので行きたい人は後日ねってすすめられた

図

ダメだよね
ここのくすのきの
写真が撮れてなかった

もと英国総領事館、現在の横浜開港資料館の中庭に、「玉楠」の木がある。開港のずっと以前から枝葉を広げていた大木で、その間近で歴史的な日米和親条約 が締結された(1854(安政元)年)。米艦隊の随行画家ハイネの『ペリー横浜上陸図』にも、その玉楠は応 接場とともに描き込まれている。 この歴史の証人「玉楠」は、1915(大正4)年横浜史談会の建議により市認定の保存木となる。1923(大正12)年の関東大震災は、「玉楠」を領事館もろとも焼いた。しかし、同年11月30日付『東京 日日新聞』は、並外れた暖かさに根元から小さな双葉が萌え出したと、横浜復興の祈りを重ねあわせて 報じている。再生した若樹は、1930(昭和5)年領事館再建のため、海寄り約10メートル先の現在地に移 植された。 そして今、初代「玉楠」の黒こげの廃材で作られた「ペルリの黒船」を象(かたど)る壁かけが、開港 資料館2階の展示室通路から2代目の成長を見守っている。
(中区役所 横濱もののはじめ探訪より引用)

江戸時代の歴史を見た木

とてもすごいです

砲弾

開港資料館の脇に、記念に置いてある鋳鉄製の大砲。この大砲には謎があるようで、東インド会社所有の船に備えてあったカノン砲ということですが、なぜ、埋めたのかが謎らしいです。
関東大震災の時に埋もれたという説があり、貿易会社の跡地から掘り出されたそうです。それも3門も出てきたそうです。1門は、ペリー来航で横浜警護を担当した松代藩のものとも言われています
(横浜の史跡の紹介(鋳鉄製の大砲) )より引用
 
で、大砲ってなんで門って数えるんだろう

ググってみたら
砲門からきているようだ(砲口ともいう)

会社のマーク

東インド会社のマーク発見

砲弾全景

ひっそりと置かれている
気にも留めず人が多く通り過ぎる
そんな今を過ごせていることに感謝を思う
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No title

横浜、いろいろありそうですね。
ぜひ、案内されている場所に行ってみようと思いました。
歴史にはせてみよう。

Suppleさんへ

コメントありがとうございます

私は横浜生まれなのですが
小学校時代に学んだはずのことを覚えておらず
今、あらためて知ることが楽しいです
賑やかな観光地だけでなく
史跡めぐりも楽しめるのでもっと学びたいと思ってます
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わかち☆★

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気づいたら半世紀生きた
一世紀経っても変わらない気がする

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